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自分のうたを歌えばいいのよ

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去る、11月9日~12日、娘の描く絵の初めての個展が開催された。

友人や知人だけでなく、通りすがりの方たちや、ぷらり、上京中の他府県の方たちや、たまたまのお散歩中の同業の方たちも立ち寄ってくださったりと、とても大勢のお客様が来場してくださりましたこと、感謝申し上げます。みなさま誠にありがとうございました。

また、貴重なご意見やご感想、叱咤激励、アドバイスを多数いただいたようで、本人も、強い励みになったようでした。現在は、埼玉県の丸木美術館にて「今日の反核反戦展」に出展中。たくさんの方たちや作品たちと出会い、大きな刺激を受けている娘の姿を見ながら、しみじみと、ああ、こうして世間様に育てていただいているんだなーと、有難いなーとと思いました。こうして、どんどん親の手を離れていくのかな。それもさみしくもあることだけど、でも、やはり、それは、祝福すべきことなんだなあと、またしてもしみじみ感じいります。また、どこかで、見かける機会あったら、声をかけてやってください。「大八木藍野」という名前で活動しています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。


今回は、そんな、子どもの活躍を見ながら、自分の歩いてきた道をふと振り返る瞬間が何度かあった。

丸木美術館のオープニングパーティーでは、大先輩のアーティストさんが娘に「デビューおめでとう」という言葉をかけてくださった。しかも、アーティストとして大切なことや、心得など、おはなしをたくさんしてくださった。

なんで、まだ、名もない、賞を取ったことも、お仕事をいただいたこともない、絵描きの卵に対して、そんな、同業者に話すような、大事な極意を、クソ真面目にかけてくださるんだろうか、ましてや、デビューおめでとうなんて、と驚いた。

でも、同時に、ああ、この人は一流のアーティストさんだからなんだ、と、急に理解し、背筋が伸び、身震いがした。わあ、私たち、こんなすごい人と今、ここにいるんだ!と。

すでにその業界で大活躍されている先輩が、新しくやってくる後輩を自分たちの活動の場に迎え入れる。先輩が後輩を叩き潰す現場の話も耳にすることがある昨今の中で、後進を温かく迎え入れ、育成する人たちのことを思った。

きっと、どんな世界も、そんな方たちの懐の大きさ、志の高さによって支えられているのだろうと思った。気がつかないけれど、そんな方たちの器の大きさに助けられていることってたくさんあるなと。でも、だからこそ、「そんな甘いもんじゃおまへんで~。」といわれているようで、常に自分自身と、自分の仕事と、真摯に向き合っていかなければならない厳しさも感じ、私自身の歩みと重ね合わせて、胸がピリリとした。


先日、長年お世話になってきた、音楽事務所の社長の入院する病院へお見舞いに行き、彼女の足をさすりながら、いろんなことを思い出していた。

「あなたの歌は下手ね~。」そう、彼女は笑いながらわたしによく言った。

言われるたびに、悲しいやら悔しいやら、絶対彼女はわたしのことを嫌いなんだ!と、地団駄を踏んだときもあったけれど、それでも、時々ライブに来てくれ、たくさんの叱咤激励をくれた。そして時にはその感想を手紙で送ってくれることもあった。

今はもうほとんどお喋りすることもできず、あの低い笑い声を聞くこともできないけれど、ふと、足をさする手を通じて、何故か声が聞こえたような気がした。

「あなたに、一流のシンガーになってもらいたいの。応援してる。」

ああ、そうだったのか。と、思ったとき、10月に亡くなった亀淵友香さんのことを思い出した。

もう25年ぐらい前、「VOICE OF JAPAN」のメンバーオーディションの日、課題曲だった私の歌う、TUBEの「Season in the sun」を聞いて、審査席で友香さんはゲラゲラ笑っていた。恐らく、元気が良すぎて、一発目から音をドカンと外したからだと思った。

絶対落ちたと思っていたのに、何故かオーディションに合格して、びっくりした。
しばらくして、誰かから、「あの子はナシだ、歌はヘタだし、破天荒だし、絶対落とした方がいいと、当時のマネージャーが強く言ったんだけど、「いいじゃない、あの子面白いから、入れましょうよ。」って友香さんの一言でララが合格したんだよ。」と、聞いた。(←どんだけ、おまえは歌が下手なんだよ、という、つっこみどころ満載だねー。)

そんなに歌がヘタだったにも関わらず、合格にしてくれ、みんなで歌うことの楽しさを教えてくれた友香さん。妊娠中、沖縄に住んじゃったし、子どもいるし、もうしばらくは歌はうたえないかなーと思っていた私に中野の中華屋で、「私なんか、出産日当日、陣痛始まる時まで歌ってたんだから!あんたもがんばんなさいよ!」みたいな、衝撃的で無茶な話をされたこと、そして、その日の夜に話してくれた音楽の話に、勇気づけられ、今思えばかなり影響を受けていたこと。在籍期間は短かったのに、たくさんのことを教えていただいた。

数年前、たった一度だけ、たまたまのライブの席で、ふたりっきりでいろんなことを話した。「ホント、あんたたちがいた頃はめちゃめちゃだったわよねー。みんな、ワガママでさ、手に負えなくって。でもあの頃はみんな言いたいことばっかり言って、本当に面白かったわねー。」「今度うちに来なさいよ。個人レッスンしてあげるから。」なんで、あのときレッスンに行かなかったんだろう・・・。

涙があふれてきて、思わず病院のトイレに駆け込もうとしたら、トイレの脇の本棚に、見覚えのある大きな顔の女性が表紙のフリーペーパーがたった1枚、どーんと置かれていた。

「ええええっ!??」

フリーペーパーの表紙は、なんと、亀淵友香さんだった。
巻頭にインタビューと、そして12月のコンサートの告知が掲載されていた。

「自分のうたを歌えばいいのよ」

それは、あの日、中野の中華屋で私に話してくれたことだった。何度も読み返し泣いた。厳しくも温かく、たくさんのチャンスをくれた、友香さん。そして、事務所の社長や、諸先輩たちのことを思い出して泣いた。

実は愛情をいっぱいいただいてきたんだ。ひとりでいばらの道を歩いてきたと思っていたけど、全然違う。本当はそういうことじゃなかったんだ。


だけど、何も私だけが特別なんかじゃない。むしろ、わたしのような旅人は特に。でも、愛は誰にも均等に、平等に降り注ぎ、いつだって、こうして私たちは、会いたい人と、コンタクトを取れるんだ、と思った。草葉の陰にも、手にとった本にも、ぬくもりを感じることができる、メッセージを、道標を見つけることができるんだと。

このリスは、そのうち土になるでしょ。やがて、そのからだの上に木が生えて、
新しいリスたちが、その枝の上で跳ねまわるわ。それでもあんたは、悲しいことだと思う?” (ムーミン谷の冬より)


トイレの前で泣きながら、ありがとうという言葉しか思い浮かばなかった。先輩方の心意気、想いを、しっかりバトンを受け取っていきたいと思う。難しいことだけど。


と、そんなことを、娘の展覧会を見ながらつらつらと思った。



娘よ、親を踏み越えていけ。
どこまでも遠く、どこまでも自由に。
自分のうたをうたいなさい。










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by lalaleene | 2017-11-26 06:09 | Trackback | Comments(0)

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